大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 平成4年(ワ)35号 判決 1992年10月07日

原告

三谷拓生

被告

山根博

主文

一  原告の被告に対する、平成三年八月七日午後六時一〇分ころ、防府市宮市町一〇番三八号藤田一弥方先路上で発生した交通事故により被告が受傷したことによる損害賠償債務は七九万二〇〇〇円を超えて存在しないことを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告の被告に対する、平成三年八月七日午後六時一〇分ころ、防府市宮市町一〇番三八号藤田一弥方先路上で発生した交通事故により被告が受傷したことによる損害賠償債務が存在しないことを確認する。

第二事案の概要

本件は、請求欄記載の交通事故(以下、本件事故という。)による原告の被告に対する損害賠償義務が存在しないことの確認を求めるものである。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成三年八月七日午後六時一〇分ころ

(二) 場所 防府市宮市町一〇番三八号藤田一弥方先路上

(三) 加害者 原告

(四) 被害者 被告

(五) 加害車両 車種 普通乗用自動車

登録番号 山口五九ま六三〇三

運転者 原告

(六) 被害車両 車種 普通乗用自動車

登録番号 山口三三そ四一〇〇

運転者 被告

(七) 事故の態様

原告が加害車両を運転して被告運転にかかる被害車両に追突した。

2  被告は、本件事故により、外傷性頸部症候群の傷害を負つたとして、平成三年八月七日、山口県立中央病院に一日通院し、同月九日から同年一一月一六日まで、森下外科・整形外科医院へ通院(通院期間一〇〇日、実通院日数一八日)したほか、池田はり灸院に一四回通院した。

3  原告は、被害車両の修理のため、一三万四八四〇円を支払つた。

4  原告は、自動車損害賠償保障法三条による損害賠償責任がある。

二  原告の主張

本件事故は、極めて軽微な物損事故に過ぎず、被害車両は後部バンパーが僅かに破損するなどしたに過ぎないから、被告が鞭打ち損傷等の傷害を負う筈がなく、物損については、原告は、修理見積額一三万四八四〇円を支払って示談しているので、原告の被告に対する本件事故による損害賠償債務は存在しない。

三  被告の主張

1  被告は、本件事故現場付近の道路を時速約三〇キロメートルで進行していたところ、先行する老人の乗車した自転車が信号機のない三叉路を後方を確認することなく急に右折したので、被告も急停車したところ、急停車のためシートベルトが作動し、体が固定され首だけ振られる状態で、原告運転の加害車両に時速約五〇キロメートルで追突された。被告は、本件事故により、外傷性頸部症候群の傷害を負い、前記のとおり通院した。

2  被告は、有限会社山根酒舗(不動産部門を含む。)の代表取締役であり、役員報酬として一か月一一〇万円の支払いを受けているところ、本件事故により休業のやむなきに至つたため、平成三年八月から同年一一月まで役員報酬を一か月二〇万円に減額支払いを受け、もつて合計三六〇万円の逸失利益の損害を被つた。

四  主たる争点

1  被告は、本件事故によつて外傷性頸部症候群の傷害を負つたか。

2  損害額(逸失利益)

第三判断

一  主たる争点1について

証拠(甲一の1ないし4、三、四の4ないし7、五、六、八、乙五、六、一九、二〇の1・2、二一、二二、証人池谷隆夫、被告、弁論の全趣旨)によると、被告は、本件事故発生の日時ころ、右事故現場付近の道路を被害車両を運転して今市町方面から上天神町方面に向けて進行中、自車の左前方に老人が自転車に乗つて進行するのを認め、速度を時速約二〇キロメートルに減速したこと、原告は、加害車両の助手席と後部座席に友人二人を同乗させ、被害車両の後方を時速約二〇ないし三〇キロメートルで進行していたこと、被告は、本件事故現場の交差点に進入した時、前方を進行していた老人が後方を確認することなく横断すべく進路を変更したので、急ブレーキをかけたこと、原告は、本件事故現場から約三六メートル手前付近から同乗する友人との会話に気をとられ、約九・六メートル前方を進行する被害車両の動向に注意することなく前記速度のまま進行したこと、原告は、本件事故現場において、助手席後部座席に乗車していた越智徹が「危ない」と言つたことによつて、五・五メートル前方に停止している被害車両に気付き急ブレーキをかけたが、そのまま被害車両に追突したこと、被告は、加害車両が追突したことによつて被告の体及び頭部が前後に揺れるような衝撃を受けたこと、右追突によつて、被害車両のバンパー下のリアスカートが変形するとともに接触痕が線を引くように付き、バンパーのモールには加害車両のマークの跡が凹んで付いており、また、被害車両のマフラーが約三センチメートル前方に移動する損傷を受け、加害車両は、バンパーが歪むように変形するとともに被害車両のマフラー痕が付くという損傷を受けたこと、原告は、事故当日山口県立中央病院で診察を受けたが、その頃から頸部に異常を感じるようになり、右病院において、頸部打撲の病名の下に緊急治療として湿布と飲み薬による治療を受け、その後平成三年八月九日に転院した森下外科・整形外科医院において、外傷性頸部症候群との診断の下に治療を受けたこと、以上の事実を認めることができる。

右の事実によると、被告は、本件事故によつて外傷性頸部症候群の傷害を負つたものということができる。なお、甲七(大慈彌雅弘作成の鑑定書)には、鑑定結果として、「(1)三谷車が山根車に衝突した時の速度は、約一〇・九km/時と推定される。この速度で衝突すると山根車に生じた加速度は約一・二〇G程度である。(2)人体実験や他の追突事故データと比較して、山根博の頸部へ医師の治療を必要(日常生活に支障をきたす)な傷害は考えられない。」との記載があり、証人大慈彌雅弘は同旨の供述をする。しかしながら、右鑑定書は、原告の依頼によつて作成されたいわゆる私的鑑定であり、加害車両が被害車両に衝突した時の速度を時速約一〇・九キロメートルと推定する根拠は、加害車両及び被害車両の変形・破損状況を下にしたというのであるが、それを認定した資料は写真のみであつて(証人大慈彌の証言2)、右写真のみによつて必ずしも正確に右変形・破損状況を認定できるものではないこと、また、右認定した変形・破損状況と比較したという鑑定人が行つた実験や他の研究機関から入手している実験結果が本件事故車による結果と一致するかどうか疑問があること、原告の事故直後に述べている加害車両の速度が時速約二〇ないし三〇キロメートルであること、急ブレーキをかけた場合にブレーキが効くまでの空走時間が約〇・八秒であるとされている(最高裁判所事務総局民事局編・交通事故関係資料五九頁、七一頁。なお、右以外に空走時間が〇・六二ないし〇・九三秒であるとの報告(当庁平成三年ワ第八六号事件における大慈彌雅弘作成の鑑定書一七頁)があることは当裁判所に明らかである。)ところ、本件の場合、前記認定のごとく原告は、衝突前に前方に対する注視を全く怠つていたことからすると、空走時間は長いものであつたと認めるのが相当であること(ちなみに、空走時間が〇・八秒で加害車両速度が時速二〇キロメートルの場合は、約四・四メートル、時速三〇キロメートルの場合は、六・六メートルである。なお、空走時間が〇・九三秒であるとすると、前者の場合が約五・二メートル、後者の場合が七・七メートルとなる。)、原告が急ブレーキをかけた時の被害車両との距離は五・五メートルであるが、その間に加害車両のタイヤのスキツド・マークがないこと(甲四の4・5)を勘案すると、追突時の加害車両の速度は、減速することなく時速約二〇ないし三〇キロメートルのままか、それに近い速度であつたと認められること、以上の諸点を考慮すると、右鑑定書の記載及び証人大慈彌の供述は採用することができず、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。

二  主たる争点2について

被告は、本件事故によつて稼働できなくなつたため、平成三年八月から一一月までの役員報酬を月額一一〇万円から二〇万円に減額され、よつて合計三六〇万円の逸失利益の損害を被つた旨主張する。

そこで案ずるに、証拠(乙二三、被告)によると、被告は、かねてから米穀、酒類及びその他の関連商品の販売を業とする有限会社山根酒舗と山根土地建物の商号で不動産業を営んでいたが、平成三年一月一日から有限会社山根酒舗の定款を変更し、右不動産業も同社の営業目的としたこと、有限会社山根酒舗の役員は、被告、被告の妻及び娘によつて構成されているが、同社は、被告が全額出資する被告の個人会社であること、右役員の一か月の報酬は、被告が一一〇万円、被告の妻が八〇万円、被告の娘が三〇万円と定められていること、被告は、有限会社山根酒舗の業務のうち不動産業の営業に専門的に従事し、被告の妻は、経理、電話の応対などに従事し、被告の娘は、電話の応対、コンピューターのデータの整理などに従事し、従業員二名とアルバイト一名が酒類販売の業務に従事していること、被告は、平成三年八月から同年一一月までの役員報酬を二〇万円に減額して支給されたことを認めることができる。

ところで、会社役員の報酬中には、当該役員が労務に従事している場合には、利益配当等の実質をもつ対価性のない部分と労務の対価としての実質をもつ部分とがあると考えられ、前者については会社役員の地位にある限り支給されるべきものであるから事故による損害と認めるべきでないが、後者は事故による傷害の結果労務を提供できない場合には、休業損害の問題が生じるものというべきである。しかして、右の認定事実によると、被告は、有限会社山根酒舗の従業員としての実質的活動を行つていたものと認めることができるところ、有限会社山根酒舗の規模、業務内容、被告の担当業務、他の役員の報酬額と担当業務の内容等を総合勘案すると、一か月一一〇万円の報酬のうち、その六割に当る六六万円が労務の対価としての実質をもつ部分であると認めるのが相当である。

そこで、被告の具体的な休業損害額を検討するに、証拠(甲四の7、乙一五ないし一七、二二、被告、弁論の全趣旨)によると、被告は、本件事故後、前記のとおり山口県立中央病院に一日通院し、森下外科・整形外科医院においては、約二週間の安静加療を要するとの診断の下に同医院へ平成三年八月九日から同年一一月一六日まで通院(通院期間一〇〇日、実通院日数一八日)したほか、同年八月二四日から同年一〇月二〇日まで池田はり灸院に一四回通院したが、山口県立中央病院及び森下外科・整形外科医院における治療の内容は、湿布と投薬のみであり、また、池田はり灸院における治療は自らの判断によるものであつて、医師の指示があつてのことでないこと、被告は、本件事故によつて傷害を受けたことによつて完全に休業せざるを得なくなつたというのでなく、被告の行動範囲が四〇パーセント程度狭くなり、あるいは従業員からの報告を受け、指示を与えることはできたこと、有限会社山根酒舗の不動産部門の平成三年度の売上は、平成二年度に比し二九・六パーセントの減、平成元年度(ただし、個人営業時)に比し三七・五パーセントの減であることを認めることができる。

右認定にかかる被告の受傷の程度、実通院日数、治療内容及び営業関与状況、営業成績等諸般の事情を考慮すると、被告は、少なくとも本件事故による通院期間である三か月については通じて四〇パーセントの就労の制限を受けたものということができる。そして右就労制限が本件事故と相当因果関係のある休業損害であると認めるのが相当であり、その額は、七九万二〇〇〇円となる。

(計算式)

六六万円×三月×〇・四=七九万二〇〇〇円

なお、原告は、不動産部門の売上の減少はいわゆるバブルの崩壊によるものであり、被告の負傷等とは因果関係がない旨主張するが、右主張事実を認めるべき証拠はない。

三  以上の次第で、原告の請求は、被告が本件事故により受傷したことによる損害賠償債務が七九万二〇〇〇円を超えて存在しないことの確認を求める限度で理由がある。

(裁判官 松山恒昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例